岐阜現代美術館 篠田桃紅館
ふたつの時代をつなぐランドスケープ
岐阜県関市、鋳物業を営む老舗企業である鍋屋バイテック会社(以下NBK)は、工場のある広大な敷地内に美術館を併せもつ。「良い商品は、良い環境から生まれる」という理念のもと、働くだけでなく一日の多くの時間をそこで過ごす社員にとってこの場所が憩いの空間でもあるように、という岡本大地元会長の思いのもと、公園の中にあるような工場を目指し“関工園”と呼んだ環境づくりを行っている。
その思いに寄り添えるよ弊社では、これまでにコミュティ広場(LANDSCAPE DESIGN2021 No.139掲載)をはじめ、調整池の環境改善や、敷地内の林床移植や地域性種苗の緑化などに取り組んできた。
岡本大地氏は、水墨による新しい抽象表現を探求する作家 篠田桃紅のコレクターでもあった。文字を解体し墨で抽象作品を描いた桃紅の作品数は1000点を超える。彼女がこの世を旅立った2021年の春、岐阜現代美術財団が彼女のアトリエを引き取ったことから、本プロジェクトは始動する。
敷地内に新たにもう一つ美術館を設えることで、既存の美術館は「大地館」へと名を変え、桃紅のアトリエを完全復元した一室と作品を収容展示する新設の美術館を「桃紅館」とした。
かつてこの地に関工園がはじまってから、18年の歳月が経とうとしている。社屋や工場が建てられた当初から時代も設計者も異なるこの二つの施設をつなぐ動線、そして社員や来訪者を受け入れる正面玄関口と、既存の駐車場を再整備することをランドスケープに求められた。
作品世界とのあわい
桃紅の作品と対峙した鑑賞者をその作品世界から日常へとゆっくりと帰すような気持でアプローチを設計した。この建築は濃墨のような艶の天然石の外装材と、銀箔のようなステンレスパネルを外壁にしていたことから、建物を墨のメタファーであると捉え、その足元である舗装は和紙のような柔らかで素材感のある風合いを追求した。廃材となったミラーを骨材として混ぜ合わせ、箔の入った和紙のように陽にあたるときらりと光る舗装ブロックを制作いただいた。
桃紅館へのアプロ―チ面には、アスファルト舗装を研磨することで、アスファルトに含まれる骨材の色の違いが表れ、場所ごとに異なる様相が顔を出す。大地館と続く園路には、桃紅館が山に抱かれているように、周辺植生にある雑木を中心とした植栽で構成した。建物の東面はすぐ山の斜面があるため、メッシュカゴによる土留めもおこなうことで、斜面からの土壌流出を抑え、林床植栽の安定を図っている。アスファルトや砕石には、近隣の各務原からとれるチャート石を採用し、できるだけ地域産材を利用した。正面入り口から建物までおよそ80m程の坂道は、カツラの並木道とし、新たなシンボル軸を形成。
坂を上りきった先には、高さ7m程のアイストップとなるシンボルツリーが来訪者を迎える。
アートウォールが刻む時間
正面入り口に特徴的な門扉がある。耐候性鋼板でできたこの門扉はここでNBKと共にいくつもの時代を刻んできた。
既存の大地館と新設の桃紅館をつなぐアプロ―チ園路にこれまで使われてきた素材を混ぜることで、新しくできる場の雰囲気を敷地に馴染むように同一の素材を採用した。
大地館と桃紅館をつなぐ動線上に、ふたつの施設の象徴として二種類の金属を重ね合わせたアートウォールを置き、来訪者をそれぞれの施設へ誘う。
アートウォールの曲率や素材は、桃紅の作品の筆遣いからインスパイヤされており、墨を含んだ筆をはらったときに生まれる「かすれ」たような表情をイメージし、金属にグラデーションの吹き付け塗装とした。二枚のアートウォールにはライン照明を取り付け、夕方薄暗くなった際の帰り道を柔らかに照らす。
生態系豊かな森が一朝一夕ではできないのと同じように、この地でいつまでも桃紅作品と共に美濃の人々のくらしを見守っていてほしい。
竣工 | 2024.03
規模 |敷地面積:167,300m2
住所 | 岐阜県関市
用途|美術館
内容 |ランドスケープデザイン・監修
SfG(大野・高木)
基本設計
実施設計
現場監理
施主 | NBK
施工|大島造園土木
撮影|ToLoLo studio